ラクになった瞬間~現実はいくらでも変えられる~

仕事も生活も、ぜんぶ思ったまま自由に生きる人

成長のためには他者と競争しないと・・・学校でも、企業でも・・・でも、、、それ「植民地時代」の概念じゃないかしら・・・という話

かとうゆうです。

 

今日は

成長のために、他者と競争する必要はない

という話です。

 

一見、え?と思うかも、ですが。

 

この考え方は、サバイバル、そして植民地時代など戦争の時代の考え方です。

もちろん今も国益の競争という形で行われていますが。

 

まず「他者」が登場した時点で、そこに

優劣概念

が、登場します。

 

優れている

劣っている

 

しかし「優劣」は、それ自体本質的な意味をもっていません。

 

私たちはフランス革命以来

「人間は、すべて対等で、ひとりひとりの価値は対等」

と学んできましたが

 

「対等」

という概念に「優劣」はありません。

 

すなわち

「優劣」とは

 

あなた”以外の誰かになりなさい

が前提だからです。

 

あなたの価値は、あなただけ。

「あなたらしさ」

 

あなたらしさであること

これが「価値」であり、それが「対等」と認めることがとても重要です。

 

例えば

スポーツにしても、なんにしても、

「他者と競争」

という表面的にはそうですが、

特に「観客」としてみる場合「他者との競争を楽しむ」というものはありますが

 

実際にスポーツでも、なんでも、真剣にやっている人がいっている多くの言葉は

自分との闘い

です。

 

他人の記録や評価は、「目標値」ではありますが、それ以上でも、それ以下でもない。

「自分らしさをどこまで発揮できるか?」

 

極めた人であるほど、そうした言葉を多く残しています。

 

「目標・結果」

「成長」

このふたつを「混同」すると、

 

「成長のために他者と・・・」になります。

 

目標にせよ、結果にせよ

「自分のことであり、自分の価値」として置き換え、そこに価値があると本当に感じるとき、

成長につながります。

 

ところが社会は、そして学校も、

「他者比較による成長」だらけです。

 

企業の人事評価

内申点・偏差値

 

一方で「それがすでに古い概念であり、本当のチームや個人の力を発揮するためには、”その人らしさ”あることが重要」と気づきはじめた動きがあります。

 

ティール組織は、全員「フラット」 管理職は不要です。

北欧の教育水準はトップクラスですが、偏差値も他者比較のテストもありません。

 

あらゆる人に「価値」がある

ということは「優劣」ではなく

その人らしさ全快

 

この状態をどう作るか?が

企業の業績が本当にパワフルであるかどうか?

発見を生みだせる学者たちを生みだせるかどうか?

 

ここがカギです。

 

学問では、もはや日本の大学研究機関は、世界ランクの上位にはほぼありません。

 

いくら偏差値や内申点で競わせようと

そうしたものより

 

自分なりの意見をもつこと

他人の意見を尊重すること

みんなの合意を築けること

 

こちらの力の方がはるかにパワフルです。

 

なぜなら学問は「暗記」ではなく

探究すること、学ぶことの楽しさを

「自分自身が知る・体感する」ことが必要だからです。

 

こうした視点に立つと

まだまだ社会は

植民地時代・戦争の時代のロジック

命令に従順な兵隊を育てるロジック

 

これらがまだまだ残存しています。

 

しかし前述したとおり

そうではない制度や考え方が、世界でたくさん登場してきました。

 

日本経済が「閉塞感」「低成長」というのは

少子高齢化ではなく、

 

こうした「新しい取り組み」

本当の意味での「人はすべて平等である」ということに向かってパワフルに歩めていないのが原因です。

 

様々な制度が、まだ高度経済成長期、そして明治の植民地や世界戦争の時代のままです。

 

優劣はない

 

人事評価も数字や他者比較をしない制度が登場しています。

 

なにかのモデルを提示し、

それに合う合わないで判定するのは

「意味がない」

です。

 

なぜなら「75億いたら、75億通りのモデルがあるから」です。

 

モデルを設定した瞬間、「それ以外」が登場します。

健常者と障がい者

仕事ができる、できない

頭がいい、わるい

 

これらに本質的意味は「ゼロ」です。

まったくありません。

 

「あなたらしさ全快」

 

これこそが、企業でも、社会でも、学問でも、学校でももっとも大切な目的だと確信しています。

 

ワークライフバランス

これは育児、介護のサポートではありません。

 

その人が「本当にパワフルで全快」でいるためには

プライベートも含めた充実が前提になるのは当然すぎるほど当然のことです。

 

残業。

週5日働く。

 

これらももはや「客観視すべき」ものに過ぎません。

 

残業一切なし。

週3日デフォルト、これでも業績が高い企業はたくさん登場してきました。

 

1960年代のように

残業という「時間の投下量」ではなく

「付加価値を生み続けられるか?」

これが大事なポイントです。

 

深夜残業や無駄な儀礼、会議。

こうしたことに時間を費やすくらいなら、会社を休んで、新しい人脈やトレンドに接する方が、結果的に「その人は企業に大きな貢献」ができるでしょう。

 

ましてジェンダーギャップ。

男性と女性で、仕事と家庭の区別や差別があるのは

「人はみな平等で、価値ある存在」

という概念から大きく外れた、旧世界の考え方です。

 

そして大事なことは

「人はみな平等」というのは、今すぐ、私たちが、日常生活で実践できる、ということです。

 

コンビニの店員さん

若い新入社員

 

こうした人への言動や態度を見直すこともできます。

 

あるいは企業や組織で、

役職=上下関係のようになっていることを変えていくこともできます。

 

そしてこうした「ささやかな実現」が、しかし、大きく社会を変えることになります。

子どもがいるならば、「その子に価値が受け継がれていきます」

 

世界を変えるには1%の人が「変化」すればいい

 

私もそう思っています。

99%を啓蒙するべく、イデオロギーや排除、革命といったことをする必要はありません。

 

身近な、そして何気ない所作で

「人はみな平等」が実現できます。