ラクになった瞬間~現実はいくらでも変えられる~

仕事も生活も、ぜんぶ思ったまま自由に生きる人

できる限り行動しているつもりでも「なんだかなぁ・・・」のとき。それって「自分=情熱」じゃなかった!・・・という話です

かとうゆうです。

 

今日も気づきのシェアということで、、、

 

 

情熱、わくわく

これを本当の意味で「従って行動する」

 

これがなにより大事なことであるとよくいわれますが。

 

でも、まだ私の場合、ありました。

「手放すべき」もの。

 

 

自分では情熱に従って行動しているつもり。

たとえば、仕事でも、出会いでも。

登録したり、応募したり、参加したり。

 

でも「なんかなぁ・・・」と。

 

私の場合これでした。

「他人の情熱を借りようとしていた」

です。

 

たとえば仕事。

「新しい、こんな仕事がしたい」

 

いろいろなところにコンタクト、参加。

 

でも「なんかなぁ・・・」と。

 

わりと長い間気がつかず。

同じようなことが繰り返されました。

 

「繰り返される」という認識はあっても、「手放すもの」がいまいちわからない。

 

そんなとき、ふと。

 

「あ。これ、”情熱を持っている他人とつながろうとしていた”」と。

 

そうじゃないですね。

「自分=情熱」の状態。

 

最初はそうだっかもしれないけど、だんだんずれていく。

 

気がつくと

できる限り行動しているけど。

「”他人”」を探している。

 

他人は、会社でも、異性でも、同じですね。

 

そうじゃなくて

「自分が情熱」の状態。

 

そう考えると、行動って

参加とか、コンタクトとかももちろん選択肢としては大事。

 

でも「まず自分で””にする」

形っていっても、比較する必要も、定義する必要も、完成でもなくて。

ちょっと「形」

 

これが大事だし、ここを軸にしないといけない。

 

そんな気づきがありましたので、シェアしますー。

 

それでは今日はこのへんでー!