ラクになった瞬間~現実はいくらでも変えられる~

仕事も生活も、ぜんぶ思ったまま自由に生きる人

私が広がり、そしてトリックスターが登場する。そして私は「だから?なに?」と

かとうゆうです。

 

”私”という概念が、”広がる”

 

そんな言葉があります。

 

今、この世界というのは

”私”が創造

 

道行く人から、出来事、物、すべて。

 

創造・・・は「クリエイト」だけではなく

「シンクロ」・・・つまり「必要だから体験する」もあります。

 

 

それらを含めて「創造」

 

、、、ということは、

今まで”私”というのは、

この肉体の中にある・・・・と感じられてきたわけですが、

 

世界も・・・なので、

だんだん

「肉体以外の世界も・・・」になります。

 

すべては「必要な体験として自分が創造しているわけ」ですから。

 

となると。

”私”が拡大する・・・

 

そんな言葉です。

 

まだ私は、そこまで完全に体感できているわけではありませんが、

 

最近、少し

「あ。。”私”が広がっている」

 

そんな感覚があります。

 

道行く人をみても

「さぁ、今日はどんな必要なことを創造しているのかな?」

と。

 

犬の散歩をしていると、ときどき話かけてくれる人も。

「その人の言葉」

とか。

 

その人の・・・じゃなくて、「自分の言葉」ですから。

 

とはいえ。

「”私”が広がる」ということは、

 

体験している世界で起きていることの「すべてに責任」を持つということです。

 

ここで、我らが

トリックスターの「ネガティブ」が登場します。

 

「もし、、、こんなことがあったら、、、それも”私”?」

 

なぜか「ネガティブっぽい」ことがあることに

不安や恐れが出てくる。

 

理屈では「絶対的に自分を信じていれば、ネガティブなことは存在しない」なんて思っていても、

 

トリックスターは、その隙間を狙ってきます。

 

それにしても、とリックスターもご苦労なことです。

なぜなら「本物」になってほしいために、

あの手、この手で

 

不安、恐れ・・・を感じさせ、あたかもそれが真実であるように思わせるからです。

 

でも、これ”自体”恐れる必要もなく。

 

というのは、不安や恐れは「自分には本来存在しないもの」だからです。

 

本来存在しない。

 

なので、トリックスターが脳裏に登場したとき

「おー。朝からご苦労さんだね。うんうん。それがいいたいのね」

まず「直視」します。

 

認める。

 

これ大事。

「回避するすべは?」とかではなくて、

直視して、認める。

 

そして、こういってあげましょう。

「ふーん。そういう感じのことが起きるかも?・・・なるほどねー。すごいね、あなた。小説家みたいじゃん。」

 

そして・・・

 

「だから?なに?」

 

 

と。

 

そうなんです。

存在しないもの、なので、いくらなにを思わせようが

 

「だから?なに?」

 

これがパワーワードだと思っています。