ラクになった瞬間~現実はいくらでも変えられる~

仕事も生活も、ぜんぶ思ったまま自由に生きる人

予言はオープンになるとたいていあたらないという経験談

かとうゆうです。

 

2025年にこれがある!とか

いろいろ予言ありますね。

 

で。。

いきなりですが、預言研究家の私です(笑)

って、そんなたいしたものじゃないですが、

実は小学生の頃から、ノストラダムスの諸世紀全文、聖書全文を自分なりに研究して、これからの未来は、、、なんてやってました(爆)

 

預言関連はもうずいぶん前に「卒業」しましたが(笑)

 

さて。

いろんな予言ありますけども。

 

たいてい「予言」ってオープンになった段階で外れます。

 

カニズムなんですが、

その人が、「どのパラレルワールドに接続したか?」なんですね。

 

未来のパラレルワールドは何万パターンもありますが、

そのどれ?です。

 

なので、その人の「接続先」ですから、それが集合意識として体験されるかどうか?は可能性の話になります。

 

そして、オープン。

オープンになると、いろんな人のエネルギーが加わります。

ネガティブもあれば、それはないねというポジティブも。

 

このエネルギーはオープンになるほど、パワフルなので、

たいていは「外れる」形になります。

 

そして。

たいてい、人の本心は「そうはあってほしくない」と思い、無意識で行動したりイメージするので

「外れる」

 

さらにいうと「予言する人」

これも重要です。

わりと低いレベルによる、、、たとえば、動物的なものとか、ちょっとネガティブなもの。

こうしたものに依拠して「接続」すると、

それは

「当たるかどうか?」ではなくて

「恐れやネガティブを感じさせること」に目的があります。

 

なので、こうなると当たるも当たらないも無関係で

「恐れ」

これを煽るだけ、ですね。

 

なので、予言した「その人の心境」

これも重要です。

 

ちなみに

預言

予言

は全然違います。

 

預言は「預かる」です。

神の神託の「預かる」

モーゼとかヨハネとか旧約聖書でたくさん登場しますが、

この人たちは

「予言者」ではなく

預言者」です。

 

神の神託を「預かる」ほどの人なので

その心やあり方の純度が求められます。

 

さらに「預言者」はオープンですが、

文章はシンボリックで難解です。

 

いろんな理由がありますが、

ストレートに書く=オープンにする

と、いろんなエネルギーが加わりますので

 

なので象徴的、例えのような書き方で

遠い先か、今か、よくわからない

場所もなんとなく象徴的、、、、

そんな風にします。

 

なので、予言は、

単に未来のパラレルワールドについてみただけ、です。

「予定の”予”」ですね。

 

なので

預言

予言は

全然違う。

 

大事なポイントは

「その人」

これが重要です。

 

生き様とか悟りの境地といってもいいかもしれません。

 

というわけで(?)

今、いろいろな「予言」がありますけども。

 

「その人」ってどうなんだろう?とか

オープンになった時点とか

 

考えると

「外れる」

 

そもそもアセンション

引き寄せ、です。

 

つまり「私が創造」ですから。

 

二極化の一方にいけば

ネガティブは「体験しない」

 

パラレルワールドが違うので。

 

なので、

オープンになった「予言」をみたら、

「まぁ、当たらないね」

くらいでさらっと流しておいていいかなと思います。

 

仮に「当たった」としても、

あなたが二極化の一方にシフトしていれば

「なんの影響もない」んですね。

 

というよりネガティブな「予言」を心配しても

これ、まさに「ネガティブサイクル」そのものなので、

あっさり「手放す」ことをおすすめします。